最終18番パー5、岩﨑亜久竜のティーショットは大きく右の林へ。男子ゴルフの最高峰・日本オープン最終日(大阪市・7315㍎、パー70、茨木カンツリー西コース)。後続の石川遼とはこの時点で1打のリード。NHKの中継を見ているゴルフファンの多くが、千両役者の石川が追いついてプレイオフ、あるいはイーグルで逆転優勝と予測したはずです。
しかし岩﨑選手は、最後まで攻めの姿勢を貫きました。ボールのあった林のラフの先にNHKのテレビ塔が設置されていたため、救済措置でグリーンを狙える位置にボールをドロップできる幸運に恵まれたのです。
とはいえピンまで238㍎のラフ。優勝後、本人は「ラフもそれほど深くありませんでした」と語りましたが、左サイドは池に面したグリーンで、ピン位置は左サイド。安全にフェアウエーに出して3打目勝負でもいいのではと思いましたが、なんと選択したのは4番アイアンでの2オン。左肘を抜いてひっかけを回避したショットはピンまで約10㍍に2オン。なんと出玉は左の池方向でした。
岩﨑選手は最終ホールを確実に2パットで収めてバーディーとし、最終日ベストの65でフィニッシュ。3打差7位タイスタートから、通算8アンダーに伸ばして、後続の石川(通算6アンダー)を2打差で振り切ってのツアー初優勝でした。
日本オープンは、そう簡単にスコアを伸ばせないタフなセッティングが特徴。とりわけ今年は猛暑の影響でグリーン整備がうまく行かず、テレビ映像でもまだら模様でつぎはぎのグリーンになっていました。グリーン面が均一でないため、ボールが跳ねたり、予想しない曲がり方をしていました。こうなると1㍍前後のショートパットも難しい。最高峰のナショナルオープンをする舞台としては、残念なコンディションでした。
しかし、こうしたタフなコンディションだからこそ、岩﨑選手の経験が生きたのではないでしょうか。日大ゴルフ部出身の岩﨑選手は、卒業後の2020年春、フィリピンに渡っています。海外のツアーに憧れていたこともあり、国内のプロテストやツアー予選会には出場せずに、アジアンツアーを志したそうです。
ところがコロナ禍が始まり、日本に戻ることに。この選択が岩﨑選手の人生を変えたそうです。友人のプロから黒宮幹仁コーチを紹介してもらい、大幅なスイング改造を行い、ショットの精度が上がったといいます。初めてツアーフル参戦した2022年は日本ゴルフツアー選手権で3位、パナソニックオープンなど3試合で2位に入り、賞金ランクは3位となりました。しかし今年は、日本オープンの前週まで9試合中5試合で予選落ちと不調が続いていました。
優勝後の記者会見で岩﨑選手は「今までのことを思い出して夢なんじゃないかと。今後に向けて大きな自信になりました」としみじみと語りました。静岡県清水町出身の25歳。181㌢、86㌔の恵まれた体格で、ドライバーは300㍎を飛ばし、攻撃的なゴルフでギャラリーを沸かせる。「これからもどんどん優勝して、皆さんに楽しんでもらえるゴルフをしたい」という。男子ツアーを盛り上げていくためにも、大きく羽ばたいて欲しい逸材です。
時田 弘光
~No Golf No Life~
以前は真剣に競技ライフを送ってきた雑草勤め人ゴルファー。
現在はおひとりさまゴルフなどで、自堕落でゆるいラウンドを楽しんでいます。全盛期は7000㍎級のコースでクラチャンになったこともありますが、今はドライバーで200㍎の壁と戦っています。










