関東倶楽部対抗への道 ~ 競技ゴルフへの誘い⑦

会員制ゴルフクラブの上級者たちが、競技ライフの大きな目標として掲げるのが、関東では関東倶楽部対抗であり、関西ではインタークラブ競技。クラブの代表として戦う“夢の舞台”です。

関東倶楽部対抗は5月中旬から各都道府県で予選が行われ、地区予選を勝ち抜いたチームが6月に開催される決勝大会にコマを進めます。関西のインタークラブ競技は8月に地区予選が開催され、9月に決勝大会が行われる。今回は関東ゴルフ連盟(KGA)が主催する関東倶楽部対抗での競技ゴルファーたちの悲喜交々(こもごも)を紹介します。

関東倶楽部対抗は、KGAが発足する前年の昭和9年(1934)から始まり、戦時下の昭和16年からの8年間を除き、約80年に渡り熱戦を繰り広げてきました。平成最後の関東倶楽部対抗は、21の地区(新潟2、長野、山梨、群馬2、栃木3、茨城3、埼玉2、千葉4、東京、神奈川、静岡)で予選が行われ、予選通過47チームと、前年優勝の袖ヶ浦、決勝開催コースの霞ヶ関を加えた計49チームで決勝大会が開催されました。

クラブ代表となり関東倶楽部対抗の舞台に立つことはアマチュア競技ゴルファーの夢

優勝したのは、今年の全日本ミッドアマを制した豊島豊選手を擁する東千葉カントリークラブ(千葉第1地区)。決勝競技はチーム6人のうち上位4人のスコアで順位を決めますが、その平均スコアは圧巻の72.75。2位の富士カントリー笠間倶楽部(茨城第1地区)に7打差をつける圧勝でした。

全国3位の150以上のゴルフ場が点在する千葉県は、地区予選が4会場に分かれる激戦区。予選競技にはそれぞれ20チーム前後が出場し、上位2チームしか関東決勝に進めません。

ゴル天編集部は、5月21日に千葉県白井市の船橋カントリー倶楽部で行われた関東倶楽部対抗千葉第1地区予選(東千葉が優勝)を取材。百戦錬磨のベテランから、残念ながら選手選考に漏れて正選手のサポートに回った競技ゴルファーらに倶楽部対抗への想いを聞きました。

<チーム戦には個人戦と違った重圧がある>

「倶楽部対抗にはかれこれ20回以上、出場してきたが、1番ホールのプレッシャーは特別。所属クラブの代表としてこの舞台に立たせてもらっているという責任感と、競技ゴルファーとしてのプライドもある。最初のティーショットをフェアウエーキープできれば、一日の仕事の半分が終わった感じだね」と語るのは、ある強豪クラブのベテラン、Sさん(71)。

アマチュア競技で多くのギャラリーが見つめる中、ティーショットを打つ機会はそうはありません。予選会場のスタートホールには、各クラブの選手や家族、キャディー、支配人などゴルフ場スタッフの方々が応援に駆け付ける。個人戦の全日本競技で優勝争いを演じるトップアマでさえも、いつもとは違う重圧を感じるのが、チーム戦の倶楽部対抗競技なのです。

グランドシニアになった今でも、競技に出場し続けるSさんに関東倶楽部対抗への想いを語ってもらいました。

「初めて倶楽部対抗の選手に選出された時(当時46歳)、結団式(クラブで支配人、競技委員長の前で、代表選手が試合に臨む意気込みを述べる会合)で『悪くても80で回れるよう努力します』と話したのを記憶している。関東決勝進出は常連の強豪コースで、クラブ側の意気込みも大変なものだった」。

千葉県の地区予選競技は、Aクラス(55歳以上)、Bクラスのそれぞれ4人の計8人が出場。各クラス上位3人の計6人のスコアで順位が決まる。

「自分が倶楽部対抗デビューをした当時は、出場選手は6人で、6人全員のスコアが順位に採用されたため、重圧は半端でなかった。前半のハーフが終わると、選手はクラブハウスのレストランではなく、各クラブが屋外に設営するテントに戻って、スタッフの皆さんが作ってきたおにぎりなど軽食をとるが、前半で40以上を打つと、ヘラヘラしていられない。テントですでにアルコールが入ったキャプテンやクラブのOBたちに『お前、何やってんだ、後半は気合入れてやれ』などと無責任な喝を入れられる」。